- 自賠責保険とは
- 自賠責保険の請求
- 自賠責保険の被害者請求
- 早期に一部でも保険金を支払ってもらう方法は
- 自賠責保険の被保険者の範囲
- 交通事故の加害者は自賠責保険を請求できるか
- 交通事故の被害者は自賠責保険を請求できるか
- 内縁配偶者であっても自賠責保険の請求を請求できるか
- 立て替え払い分の請求
- 死亡事故で遺族が複数いる場合
- 外国人は自賠責保険を請求することが可能か
- 自賠責保険が支払われるかのはどのような場合
- 自賠法3条に規定する「運行によつて」とは
- 被用者や親族の無断運転の場合
- 盗用による使用(いわゆる泥棒運転)の場合
- 事故の被害者が、運行供用者が運転する車に同乗した、その親族である場合
- 自賠責保険の支払限度額
- 自賠責保険の算定方法
- 休業損害の1日当たりの収入の算定方法
- 休業損害の対象となる日数の計算方法
- 交通事故の場合は健康保険を利用できない?
- 国民健康保険や労働者災害補償保険を利用して治療した場合のメリット
- 被害者に落度(過失)がある場合の自賠責保険の減額
- 自賠責保険の請求権の時効
- 自賠責保険の算定結果に不満な時
- 自賠責の後遺障害等級認定に不満な時
- 裁判の結果、自賠責保険での後遺障害認定と異なる判決が出た場合
- ひき逃げ事故に遭い、犯人も不明である場合
自賠責保険とは
Q自賠責保険はどのような事故に適用がある保険ですか。
A自賠責保険は、人身事故についてのみ適用がある保険であり(自賠法3条、11条)、自動車の「運行」によって「他人の生命又は身体」を害した事故について損害を填補する保険です。
解説
任意保険の対人賠償責任保険との違い
自賠責保険は、上記要件に該当する事故について損害を填補する保険であるのに対し、任意保険の対人賠償責任保険は自動車の「所有、使用又は管理」に起因する事故によって生じた損害について填補する保険です。
自賠責保険と任意保険の対人賠償責任保険では、原因となる事由が異なりますが、「所有、使用または管理」は「運行」よりも広い概念と考えられています。
それゆえ、同じ対人賠償では自賠責保険では填補されなくても、任意保険の対人賠償保険では填補されるという場合が生じ得ます。
自賠責保険における被保険者について
自賠責保険は、保有者(自賠法2条3項)に運行供用者責任(自賠法3条)が生じた場合及び運転者(自賠法2条4項)に損害賠償責任が生じた場合、保有者及び運転者の損害を填補する保険です(自賠法11条)。
このように自賠責保険は、責任保険(損害保険の一種で、一定の事故の発生によって、被保険者が第三者に給付をなすべき責任を負担することにより、被る損害を填補する保険)の一つであり、自賠責保険における被保険者は、自賠法11条により、損害賠償責任を負う保有者及び運転者です。
つまり、被害者を被保険者とする第三者のためにする傷害保険契約ではありません。
したがいまして、運行供用者責任(自賠法3条)を負う者であっても、自動車の使用をする権利を有しない者は保有者ではありませんから、自賠責保険の被保険者に該当せず、自賠責保険によりその損害を填補されることはありません。
その典型が、泥棒運転を行い、運行供用者責任を負った者です。
反対に、保有者で、民法709条等に基づく損害賠償責任を負う者であっても、運行供用者責任は負わない場合(自賠法3条は人身損害についての責任規定)、自賠責保険でその損害は填補されません。
自賠責保険契約と自賠法について
自賠責保険契約の具体的内容は自賠責保険普通保険約款に規定されています。
自賠責保険契約は、原則として、保険法が適用されますが、自賠法に別段の定めがある時は、自賠法が優先します(特別法と一般法の関係)。
また、自賠責保険普通保険約款に規定がない場合には当然に自賠法が適用されます。
自賠責保険が適用されるために
以上から、自賠責保険が適用されるためには、「運行供用者責任を負う保有者」、「損害賠償責任を負う運転者」についての検討が必要であり(自賠法11条)、その中でも実務上重要な要件は「運行供用者の責任」です(自賠法3条)。
自賠責保険の請求
Q自賠責保険はどのような場合に請求できますか。
A保有者が運行供用者責任を負う場合、運転者が損害賠償責任を負う場合に請求することができます。
解説
自賠責保険について
自賠責保険は、被保険者が損害賠償の責任を負うことによって生ずることのある損害を填補する責任保険です(保険法17条2項)。
自賠責保険における被保険者とは、自賠法11条により、損害賠償責任を負う保有者及び運転者です。
そこで、自賠責保険の請求ができる場合である、保有者が運行供用者責任を負う場合と運転者が損害賠償の責任を負う場合について以下で説明します。
ちなみに、自賠責保険の請求をできる人は、加害者(被保険者)だけでなく(自賠法16条)、被害者も請求できます(自賠法16条)。
保有者が運行供用者責任を負う場合
保有者とは、自動車の所有者その他自動車を使用する権利を有する者で、自己のために自動車を運行の用に供するものをいいます(自賠法2条3項)。
自動車の定義は自賠法2条1項、「運行」の定義は自賠法2条2項によります。
「自己のために自動車を運行の用に供するもの」の意義については、自賠法3条の「自己のために自動車を運行の用に供する者」と同義です。
保有者は、運行供用者のうち、自動車を使用する権利を有するものをいいます。
自賠法3条により運行供用者責任を負う者であっても、自動車を使用する権利を有しない者は保有者ではありませんから、自賠責保険の被保険者にあたらず、自賠責保険によりその損害を填補されることはありません。
損害賠償責任を負う運転者
運転者とは
他人のために自動車の運転又は運転の補助に従事する者をいいます(自賠法2条4項)。
運転者は、自己のために運転する者ではないので、運行供用者責任を負いません。
自賠法にいう運転者の典型例は、雇用ないし委任契約等に基づき雇用主ないし委任者のために自動車の運転、運転の補助に従事するタクシー会社、バス会社等の運転手、運転助手、車掌などです。
運転者の賠償責任
運転者の責任は、運行供用者責任以外の損害賠償責任です。
保有者の運行供用者責任
運転者の賠償が填補されるのは、あくまで保有者が運行供用者の責任を負う場合です。自賠法11条の規定は、「第三条の規定による保有者の損害賠償の責任が発生した場合において」、「運転者も」責任を負うとの規定です。
自賠責保険の被害者請求
Q自賠責保険の被害者請求の方が訴訟に比べて有利になる場合がありますか。
A①過失の運用、②因果関係の認定、③求償の関係、で有利になる場合があります。
解説
自賠責請求の方が有利になる場合は、以下のとおりです。
- 過失の運用が自賠責の方が被害者に有利になる関係上、被害者の過失が大きい場合には、訴訟よりも被害者に有利になる場合があります。
- 因果関係の認定について、自賠責の方が有利になります。
- 自賠責の請求において、①被害者請求と健康保険からの求償の関係では、被害者請求を優先しています。しかし、②社会保険給付の求償の請求と被害者請求からの請求との間には、両者に優劣の関係はなく、早い者勝ちです。
早期に一部でも保険金を支払ってもらう方法は
Q少額でもよいので、早期に一部でも保険金を支払ってもらう方法はありますか。
A被害者には、賠償責任又は損害額が未確定の段階において、当座の出費に充てるため、仮渡金請求が認められています(自賠法17条1項ないし4項)。自賠法3条ただし書の免責事由の判断をせずに支払われます。
解説
仮渡金の趣旨
自動車事故によって負傷・死亡したという事実のみに基づいて厳格な損害立証を求めず、直接請求権に比べて簡便な手続で一定額を支払うという意味で、迅速な被害者保護を図ろうとするものです。
金額
自賠法施行令5条で一定額に定められています。
保有者
保有者以外の者が加害者である場合は、保有者が被害者を「害した」ことにならないため、仮渡金の支払対象とはなりません(自賠法17条1項)。
精算
仮渡金は損害賠償額の先払いとして支払われ、最終的には損害賠償額に充当され(自賠法17条1項)、二重に支払われることはありません。
仮渡金額が確定した損害額を超える場合、保険会社は超過額の返還を求めることができます(自賠法17条3項)。
自賠責保険の被保険者の範囲
Q自賠責保険の被保険者はどのような範囲ですか。
A自賠法11条1項は「保有者及び運転者」と規定しています。
解説
自賠責保険の被保険者
保有者及び運転者(自賠法11条1項)。
被保険者は責任保険契約の約款によって定められるのではなく、本条によって法定されています。
保有者
自動車の所有者その他自動車を使用する権利を有する者で、自己のために自動車を運行の用に供する者(自賠法2条3項)。
(例)所有者、賃貸借又は使用貸借により自動車を使用する者
保有者
他人のために自動車の運転又は運転の補助に従事する者(自賠法2条4項)。
(例)雇用・委任等の契約により運転又は運転の補助に従事する者
被保険者とならない者
泥棒運転者や無断運転者は、運行供用者として自動車損害賠償責任は負いますが、上記「保有者」「運転者」いずれにも該当しませんので、自賠責保険による損害の填補がされません。
被害者は政府保障事業による救済が図られます。
交通事故の加害者は自賠責保険を請求できるか
Q交通事故の加害者は自賠責保険を請求することができますか。
A加害者が支払いをした限度で請求できます。
解説
加害者は、被害者に対する損害賠償額について自己が支払いをした限度においてのみ、保険会社に対して保険金の支払いを請求することができます(自賠法15条、加害者請求)。
交通事故の被害者は自賠責保険を請求できるか
Q交通事故の加害者は自賠責保険を請求することができますか。
Aできます。
解説
自賠法3条の規定による保有者の損害賠償の責任が発生したときは、被害者は、政令で定めるところにより、保険会社に対し、保険金額の限度において、損害賠償額の支払いをなすべきことを請求することができます(自賠法16条1項、被害者請求)。
内縁配偶者であっても自賠責保険の請求を請求できるか
Q内縁の配偶者が交通事故により死亡しましたが、内縁配偶者であっても自賠責保険の請求ができますか。
A原則としてできます。
解説
内縁配偶者固有の慰謝料請求権は、民法711条の類推適用により認められます。一方、逸失利益の喪失について、内縁配偶者に相続権はありませんが、他方配偶者の死亡によって将来の扶養利益を喪失したことによる損害賠償請求権を取得するとされています(扶養的構成説、最判平成5年4月6日民集47巻6号4505頁参照)。
立て替え払い分の請求
Q自分の会社の従業員が交通事故により休業したため、会社で給料分を取りあえず支給しました。この支給した分は自賠責保険から支払ってもらえますか。
A従業員の損害賠償請求権を代位取得することができれば、自賠責保険に請求できます。
解説
使用者の義務の履行として支払いをした場合
労基法上の労災補償として休業損害分を支払う場合や就業規則等の社内規定による補償の支払いなど、使用者の義務の履行として会社が支払いをした場合、民法422条により、会社が被害者の損害賠償請求権を代位取得し、自賠責保険に損害を請求することができます。
被害者の便宜のために支払いをした場合
この場合、被害者の請求権を取得することにはならないため、自賠責保険に対する請求はできません。この場合、事務管理者の求償権(民法702条)や任意弁済による代位などの論拠により、加害者に請求することは可能です。
死亡事故で遺族が複数いる場合
Q死亡事故で遺族が複数いる場合、被害者請求をする際に気を付けるべきことはありますか。
A請求権者が複数の場合、誰がどれだけ自賠責保険から損害賠償額の支払いを受けることができるかの問題が生ずるので、保険会社と協議すべきです。
解説
請求権者が複数の場合には、保険会社は、請求権者のうちの1人に他の者が委任するという請求の一本化を要請してきますので、被害者死亡の場合には、法定相続人(及び遺族固有の慰謝料の請求権者)全員の委任状が必要になります。
仮に、他の請求権者の委任状が得られない場合には、保険会社は、それぞれの請求権者の有する損害賠償請求権額を自賠責保険の支払基準に基づいて積算して、請求権者の請求権額に応じた額を配分して支払い、残りは他の請求権者分として支払いを留保することになります。
外国人は自賠責保険を請求することが可能か
Q外国人は自賠責保険を請求することができますか。
A請求することができます。
解説
国内で起きた交通事故には、原則として日本法が適用されます(法の適用に関する通則法17条本文)。
また、自賠責保険でも外国人を適用除外としていません(自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準)。
したがいまして、外国人も国内事故での被害について自賠責保険に請求することができます。
自賠責保険が支払われるかのはどのような場合
Q自賠責保険が支払われるのはどのような場合ですか。
A「第3条の規定による保有者の損害賠償の責任が発生した場合において、これによる保有者の損害及び運転者もその被害者に対して損害賠償の責任を負うべきときのこれによる運転者の損害を保険会社が填補することを約し」た上(自賠法11条)、自賠法3条の運行供用者責任による保有者の損害賠償責任が発生した場合です。
解説
「自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によつて他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責に任ずる。」(自賠法3条本文)
自賠法3条に規定する「運行によつて」とは
Q自賠法3条に規定する「運行によつて」とはどのようなことをいうのですか。
A「運行」とは「人又は物を運送するとしないとにかかわらず、自動車を当該装置の用い方に従い用いること」をいい(自賠法2条2項)、「運行によつて」とは、運行と事故との間に相当因果関係があることをいいます。
解説
判例は、「自動車を当該装置の用い方に従い用いること」の意味について、自動車をエンジンその他の走行装置によって位置の移動を伴う走行状態におく場合だけでなく、特殊自動車であるクレーン車を走行停止の状態におき、操縦者において、固有の装置であるクレーンをその目的に従って操作する場合をも含む(固有装置説。最判昭和52年11月24日民集31巻6号918頁)と解しています。
「運行」に当たるか否か問題になるケースとして、駐停車車両との衝突事故がありますが、「運行」と認めているものが相当数あります。
そして、「(運行)によつて」といえるかどうかについては種々の見解がありますが、判例は、運行と事故との間に相当因果関係を要するとする立場です(最判昭和43年10月8日民集22巻10号2125頁、前掲最判昭和52年11月24日、最判昭和54年7月24日交民12巻4号907頁)。
被用者や親族の無断運転の場合
Q被用者や親族の無断運転の場合、自賠責保険の支払いは認められますか。
A認められる場合が多いと考えられます。
解説
自賠責保険は、加害車両の「保有者」に運行供用者責任が発生する場合に、当該車両に付保されている自賠責保険から、保険金または損害賠償金が支払われる仕組みとなっている(自賠法11条、16条1項)。
ここで、運行供用者とは、「自己のために自動車を運行の用に供する者」をいい(自賠法3条)、一般的に、「運行支配」と「運行利益」が帰属する者をいいます(判例・通説)。他方、保有者とは、「自動車の所有者その他自動車を使用する権利を有する者で、自己のために自動車を運行の用に供するものをいう」(自賠法2条3項)。
すなわち保有者とは、①自動車を使用する権利を有する者+②運行供用者であり、運行供用者≧保有者という関係にあるため、運行供用者ではあるが保有者ではない者の交通事故が生じます。
この場合、その「運行供用者」に自賠法3条や民法709条の責任が生じるかは別として、自賠責保険から保険金は支払われないことになります。
被用者や親族が、自動車の保有者(所有者等)に無断で自動車を運転した場合、子の運転者は、運行供用者ですが、自動車を使用する権利はありませんから、保有者とはいえません。
しかし、保有者(所有者等)と運転した被用者・親族との間には、通常、密接な人的関係があり、運転後に車の返却が予定されているはずですから、保有者(所有者等)の「運行支配」は失われていません。
したがいまして、判例では、保有者(所有者等)は、運行供用者責任を免れないと判断される傾向にあります(最判昭和39年2月11日民集18巻2号315頁、最判昭和46年1月26日交民4巻1号13頁等。他人が運転して、所有者の運行供用者性を認めた最判平成20年9月12日判時2021号38頁)。
すなわち、通常、保有者に運行供用者責任が生じますから、自賠責保険金は支払われることが多いと考えられます。
盗用による使用(いわゆる泥棒運転)の場合
Q盗用による使用(いわゆる泥棒運転)の場合、自賠責保険金の支払いは認められますか。
A原則的には認められませんが、例外的に認められた裁判例(保有者(所有者等)に運行支配があると判断した)もあります。
解説
保有者(所有者等)から自動車を盗用した場合、保有者(所有者等)と盗用者との間に人的関係がなく、通常、盗用者は、自動車を返還する意思をもっていません。したがいまして、保有者(所有者等)の運行支配は失われるため、「運行供用者」とはいえません(最判昭和48年12月20日民集27巻11号1611頁)。
一方、盗用者は、自動車を使用する権利を有していませんから、「保有者」ではありません。
すなわち、保有者に運行供用者責任がありませんから、自賠責保険金の支払いを受けることは難しいです。
この場合、事故を起こした盗用者は、「運行供用者」ですから、被害者は、盗用者に対し、自賠法3条等に基づいて損害賠償を請求することができます。
ただし、盗用者は一般的に、資力を有していないことが多いと思われます。その場合、政府の自動車損害賠償保障事業による救済を受けることができます。
また、盗用による運転については、客観的に、保有者(所有者等)において第三者が運転するのを容認したと同視できるような状況で、保有者(所有者等)に運行支配があると判断した判例もあります(最判昭和57年4月2日判時1042号93頁)。このようなケースでは、保有者に運行供用者責任が生じますから、自賠責保険金が支払われると考えられます。
事故の被害者が、運行供用者が運転する車に同乗した、その親族である場合
Q事故の被害者が、運行供用者が運転する車に同乗した、その親族である場合、自賠責保険金の請求ができますか。
A具体的な事案によって自賠責保険金の請求ができる場合もあります。
解説
自賠法は、運行供用者が、「他人の生命又は身体を害したとき」に運行供用者責任が発生すると規定しています(自賠法3条)。すなわち、同条で救済の対象となる者は、「他人」ということになります。
この「他人」について、判例は、①運行供用者及び②他人のために自動車の運転又は運転の補助に従事する者(自賠法2条4項)を除く、それ以外の者としています(最判昭和42年9月29日判時497号41頁など)。
運行供用者と親族関係にある者が自動車に同乗して交通事故の被害者となった場合、親族関係にあるからといって、他人性を否定されることはなく、具体的な事実関係のもとで、被害者が他人かを判断すべきとされています(最判昭和47年5月30日民集26巻4号898頁)。
この判例では、車は夫が所有し、ガソリン代や修理費等も負担する一方、被害者(その妻)は運転免許もなく、事故当時に運転補助行為もしなかったこと等の事実を認定して、被害者の他人性を認めました。このような場合には自賠責保険金の支払を受けることが可能です。
なお、任意保険の対人賠償では、被害者が、運転者や記名被保険者の一定の範囲の親族である場合、その損害は填補されません(ただし、人身傷害補償等で救済され得ます)。
自賠責保険の支払限度額
Q自賠責保険の支払限度額はいくらですか。
A死亡に関する損害は3,000万円、傷害に関する損害は120万円、後遺障害に関する損害は等級に応じて75万円から4,000万円と分類されます。
解説
保険金額は、下記の表のとおり、死亡、傷害、後遺障害の場合に大きく分けられ、損害の内容によって金額が変わります(自賠法13条1項、同令2条1項、別表第一・第二)。
事項 | 死亡 | 傷害 | 後遺障害 | ||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
別表第一 | 別表第一 | 別表第二 | |||||||||
1級 | 2級 | 1級 | 2級 | 3級 | 4級 | 5級 | 6級 | 7級 | |||
金額 | 3,000 | 120 | 4,000 | 3,000 | 3,000 | 2,590 | 2,219 | 1,889 | 1,574 | 1,296 | 1,051 |
8級 | 9級 | 10級 | 11級 | 12級 | 13級 | 14級 | |||||
819 | 616 | 461 | 331 | 224 | 139 | 75 |
自賠責保険の算定方法
Q自賠責保険の金額はどのようにして算定されますか。
A自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償共済の共済金等の支払基準に基づいて算定されます(自賠法16条の3第1項)。
解説
自賠責保険損害調査事務所が、支払基準に基づいて、損害額を査定します。なお、支払基準は、保険会社が訴訟外で保険金等を支払う場合に従うべき基準に過ぎません(最判平成18年3月30日民集60巻3号1242頁)。
休業損害の1日当たりの収入の算定方法
Q休業損害の1日当たりの収入はどのように算定されますか。
A原則として、休業による収入の減少があった場合、休業日数1日につき5,700円として算定されます。立証資料等により1日につき5,700円を超えることが明らかな場合は、1万9,000円を限度としてその実額が支払われます。
解説
金額の算定方法について
給与所得者(アルバイト・パート)の場合
休業損害の日額は、事故前3か月間の1日当たり平均収入額と5,700円のいずれか高い金額となり、その他手当等に、現実に収入減が生じていれば、その減少額が休業損害として認められます。
事業所得者の場合
休業損害の日額は、事故前1年間の1日当たり平均収入額と5,700円のいずれか高い金額となり、代替労力を利用したときは、休業損害に代えて、当該代替労力を利用するのに要した必要かつ妥当な実費が認められます。
家事従事者の場合
休業による収入の減少があったものとみなされ1日あたり5,700円として算定されますが、事故による収入の減少がない者については、休業損害は認められません。
立証資料について
給与所得者の立証資料は、勤務先が発行する休業損害証明書や前年分の源泉徴収票があります。源泉徴収義務がない個人が雇用主である場合(所得税法184条)、雇用主が源泉徴収手続きを怠っている場合でも、雇用主が作成した雇用証明書、給与明細書、賃金台帳、所得金額が記載された納税証明書・課税証明書等により、証明することもできます。
事業所得者の立証資料は、前年分の確定申告書の控え、所得金額が記載された納税証明書・課税証明書等により実収入を証明する必要があります。
これらの書類がない場合、報酬、料金、契約金及び賞金の支払調書等により損害が認定できる場合もあります。
休業損害の対象となる日数の計算方法
Q休業損害の対象となる日数はどのように計算されますか。
A実休業日数を基準とし、被害者の傷害の態様、実治療日数その他を勘案して治療期間の範囲内とされます。
解説
給与所得者の場合、休業日数は原則として勤務先が発行する休業証明書によって認定されます。
また、事業所得者及び家事従事者の場合、休業日数は原則として実治療日数となりますが、傷害の態様、業種等を勘案し、治療期間の範囲内で休業日数が認定されます。
交通事故の場合は健康保険を利用できない?
Q健康保険指定医療機関から、「交通事故の場合は健康保険を利用できない」と言われましたが、本当に使用できないのですか。
A使用できます。
解説
健康保険の利用を拒否する医療機関が稀にありますが、交通事故の場合でも健康保険を利用できます。
健康保険指定医療機関は、健康保険の健康保険診療を拒否することはできません。
国民健康保険について、大阪地判昭和60年6月28日交民18巻3号927頁は、国民健康保険法の趣旨及び目的に照らして、拒むことができないと述べています。
また、相手方保険会社から、治療費の一括払いの対応を打ち切られ、自費での通院を考えた際、治療費の自己負担額を減らすために、健康保険への変更も可能です。
もっとも、健康保険法に基づいて使用できる治療内容や薬剤に制限がありますので、十分な治療を受けられるかを検討すべきです。
国民健康保険や労働者災害補償保険を利用して治療した場合のメリット
Q被害者が国民健康保険や労働者災害補償保険を利用して治療した場合、被害者にメリットはありますか。
A治療費が安く済み、自賠責の上限金額を有効に利用できる利点があります。
解説
健康保険による診療
交通事故の治療においても、健康保険を使って診療を行うことはできます。
健康保険を使わずに自由診療で処理する場合、医療機関の裁量で値段を設定することが可能となるため、治療費が高額となり、自賠責保険の限度額を軽く超えてしまうことがあるため、むしろ健康保険は積極的に利用すべきです。
労働者災害補償保険
交通事故が同時に労災事故である場合、労働者災害補償保険による給付を受けることもできます。
被害者にも過失がある事案や加害者が任意保険に加入していないなど保険金額の満足な給付を受けられない場合は、社会保険による給付を受けることが被害者にとって利益となります。
したがいまして、利用できる社会保険による給付がある場合、これを利用すべきです。
被害者に落度(過失)がある場合の自賠責保険の減額
Q被害者に落度(過失)がある場合、自賠責保険ではどのように扱われますか。
A被害者に重大な過失がある場合には、積算した損害額が保険金額に満たない場合には積算した損害額から、保険金額以上となる場合には保険金額から定められた減額割合に従い減額をされる扱いになっています。
解説
下記の表の割合で支払額を減額する取り扱いが規定されており、自賠責保険会社は同基準に基づき保険金を支払うことになります。
ただし、傷害による損害額が20万円未満の場合はその額とし、減額により20万円以下となる場合は20万円となります。
減額適用上の被害者の過失割合 | 減額割合 | |
---|---|---|
後遺障害又は死亡に係るもの | 傷害に係るもの | |
7割未満 | 減額なし | 減額なし |
7割以上8割未満 | 2割減額 | 2割減額 |
8割以上9割未満 | 3割減額 | |
9割以上10割未満 | 5割減額 |
なお、受傷と死亡又は後遺障害の間に因果関係の有無の判断が困難な場合、死亡による損害および後遺症による損害について、積算した損害額が保険金額に満たない場合には積算した損害額から、保険金額以上となる場合には保険金額から5割の減額を行います。
自賠責保険の請求権の時効
Q自賠責保険の請求権は時効になりますか。
A自賠責保険の被害者請求権の3年とされています(ただし、改正前の平成22年3月31日以前発生の事故についての時効は2年です。)。
解説
被害者請求権の時効
自賠責保険の被害者請求権の時効は3年です(自賠法19条)。ただし、改正前の平成22年3月31日以前発生の事故は、2年です。
時効の起算日は、①傷害による損害は事故日の翌日、②後遺障害による損害は症状固定日の翌日、③死亡による損害は死亡日の翌日となります。
なお、加害者に資力がない場合、示談交渉が長引いて時効になるのを防ぐために、自賠責保険会社で、時効中断申請手続をとり、時効中断を承認する書類の発行を受けるべきです。
自賠責保険金を受領後に、後日訴訟で自賠責保険の認定を上回る後遺障害等級認定がされたために、自賠責保険に追加払いを求める場合等のように、追加払いを請求する場合にも同様の対応を検討すべきです。
加害者請求権の時効
自賠責保険の加害者請求権の時効は、保険法95条により、3年間とされます。なお、平成22年3月31日以前の事故については、前項と同様に2年です。時効の起算日は、加害者が賠償金を支払ったときです。
政府保障事業に対する填補金請求の時効
保障事業に対する填補金請求の時効は、3年です(自賠法75条)。
起算点は、加害者とみられるものに対する敗訴判決が確定したときとする判例があります(最判平成8年3月5日民集50巻3号383頁)。
自賠責保険の算定結果に不満な時
Q自賠責保険の算定結果に不満な時はどうしたらいいですか。
A保険会社への情報提供請求や異議申立、自賠責保険・共済紛争処理機構への紛争処理申請、国土交通大臣への違反の通知等の手段を採ることができます。
解説
保険会社は、保険金等の支払いを行ったときは、遅滞なく支払った保険金等の金額、後遺障害の該当する等級、当該等級に該当すると判断した理由等を記載した書面を被保険者又は被害者に交付します(自賠法16条の4第2項)。
被保険者又は被害者は、通知された認定理由だけでは趣旨が明らかでないときは、保険会社に対して書面による詳しい説明を求めることができます(同法16条の5第1項)。
被保険者又は被害者は保険金の支払い又は支払の手続に関し自賠法16条の7各号に掲げる事由がある場合には、国土交通大臣に対し申し出ることができます。
また、自賠法23条の5に基づき、「一般財団法人自賠責保険・共済紛争処理機構」が指定紛争処理機関として、国土交通大臣及び金融長官の指定を受けています。
自賠責保険・共済紛争処理機構では、弁護士・医師・学識経験者等からなる紛争処理委員が調停を行うという形で紛争処理を行います。
費用や紛争処理の流れ等については、同機構のホームページを参照ください。
自賠責の後遺障害等級認定に不満な時
Q自賠責の後遺障害等級認定に不満があるときは、どのようにすればいいですか。
A自賠責保険会社又は任意保険会社に対し、異議申し立てをします。
解説
申立先
被害者請求の場合、自賠責保険会社に対して異議申立書を提出します。
事前認定の場合、被害者が任意保険会社に対し異議申し立てを行い、任意保険会社が損保料率機構に対して事前認定に対する再認定の依頼をすることになります。
異議申立に際して必要な準備
等級認定の理由を知るため、保険会社に申し入れて、調査事務所に説明を求めます。
また、弁護士を依頼している場合には、弁護士会からの照会請求に対して認定理由を開示する扱いになっています。
開示された後遺障害診断書の記載内容を十分検討して、検査資料等(X線、CT、MRI検査)の提出漏れがないよう調査する。
異議申立のポイント
別途資料を提出する必要がある。
具体的には、①主治医の意見書や地域の中核的病院で医療水準が高度だと評価されている医療機関での専門医による新たな後遺障害診断書、②前回未提出の各検査の結果、及び新たに直近で再検査を受けた各種検査の結果、③事故の衝撃の程度、負傷の程度が疑われていると推測されるときは、交通事故の刑事記録、④類似の判例や類似の症例の添付することなどが考えられます。
裁判の結果、自賠責保険での後遺障害認定と異なる判決が出た場合
Q裁判の結果、自賠責保険での後遺障害認定と異なる判決が出ましたが、自賠責保険から追加して支払いがありますか。
A実務上、裁判の結果を尊重して判決の認定を前提とした支払いがされています。
解説
例えば、後遺症の等級認定が自賠責では14級とされたが、裁判の結果12級となった場合、既判力等の拘束力は自賠責保険会社等には及ばないため、損害の差額の支払いを自賠責保険会社に求める必要があります。
この請求に対し、自賠責保険会社が任意の支払いに応じない場合、被害者としては、自賠責保険会社を相手に訴訟を提起する必要があります。
もっとも、実務上は、判決において、自賠責保険の支払額を超える損害賠償額が認定された場合には、その内容が適切であれば、判決内容を尊重して追加払いされることが多いです。
なお、この場合も自賠責保険の限度額を超えた支払いはできません。
ひき逃げ事故に遭い、犯人も不明である場合
Qひき逃げ事故に遭い、犯人も不明である場合、自賠責保険からの補償は受けられますか。
A加害者がわからないひき逃げ事故や被保険者以外の者による事故(泥棒運転など)の場合、自賠責保険からの支払いを受けることはできませんが、政府保障事業に対する填補金請求ができます。
解説
政府保障事業の目的
政府保障事業は、自賠責や他の制度で救済されない被害者に対し、最終的に最小限度の救済を与えることにその目的があります。
政府保障事業の対象
政府保障事業の対象となるのは、①加害車両の保有者が明らかではなく、被害者が自賠法3条に基づく損害賠償請求をすることができない場合(自賠法72条1項前段)と、②自賠責保険の被保険者以外の者のみが運行供用者責任を負う事故の場合(同条同項後段)があります。
填補限度額
死亡、傷害、後遺障害の場合につき、いずれの限度額も白賠責保険と同一です(自賠法施行令20条)。
ただし、被害者が他の社会保障制度に基づいて給付を受けることができる場合には、その限度で、填補は行われない(自賠法73条)。
過失相殺
平成19年4月1日以降に発生した事故については、自賠責と同様の過失相殺がなされます。
時効
保障事業に対する填補金請求の時効は、3年とされ(自賠法75条)、また、消滅時効に関しては時効の援用を要しないものとされます(会計法31条1項)。
手続の長期化
保障事業の場合には、賠償責任者や事故状況等が判然とせず、事実関係の調査にかなりの時間がかかるため、請求手続から支払いまでに1年を要するということもまれではありません。
このような運用状況から、保障事業に対する請求手続中に加害者等に対する権利が時効にかからないよう注意する必要があります。