1.定義
神経は、中枢神経と末梢神経に大別されます。
中枢神経は脳と脊髄からなり、末梢神経は脳神経・脊髄神経および自律神経に分けられます。
末梢神経は12対の脳神経と31対の脊髄神経からなり、中枢神経と連絡しています。自律神経は、交感神経と副交感神経とに大別され、交感神経は、一般に生体を活動的な状態におくような作用があり、副交感神経は、生体が疲労を回復するように平穏な状態におき、エネルギーを保存するような方向に作用します。
2.末梢神経障害の症状
(1)運動麻痺
運動麻痺は中枢性(上位運動ニューロン障害)と末梢性(下位運動ニューロン障害)に分けられます。
中枢性麻痺は大脳、脳幹、脊髄に至る皮質脊髄路の障害で出現し、深部腱反射は亢進し、病的反射が現れ、病初期では多くの場合筋萎縮はありません。
これに対して、末梢性麻痺は、深部腱反射が減弱・消失して病的反射が陰性であり、筋萎縮がみられます。
(2)感覚障害
末梢神経性の感覚障害は、損傷を受けた神経の支配する皮膚の領域に出現します。損傷を受けたとされる神経と皮膚の感覚障害の領域が食い違っていないかどうかの確認が重要ですが、神経支配の重なり合いがあることには注意を要します。
(3)自律神経障害
自律神経障害では発汗障害、血管運動障害、栄養障害などが生じ、交感神経の障害によって、皮膚の汗腺からの発汗が障害され乾燥した状態となります。
交感神経の遮断による血管運動障害によって、急性期には、その支配領域の血管は拡張して血流が増大し、皮膚は紅潮し皮膚温は上昇する。ただし、慢性期では、血管収縮が生じて皮膚は蒼白となり、皮膚温は低下します。また、栄養障害により、皮膚萎縮、皮下脂肪組織萎縮、結合組織萎縮、爪萎縮、骨萎縮が生じます。
(4)神経根障害
神経根の障害レベル(高位)を調べるには、筋力(運動)テストによる筋支配、感覚障害のデルマトーム、腱反射を調べることになります。
神経根が遮断されたときは脱神経を引き起こし、その支配筋に弛緩性麻痺を起こします。神経根への圧迫が加わったときは、筋力低下および筋萎縮が起こりえます。
また、デルマトームに一致した特有な痛み、触覚鈍麻、あるいは異常感覚が生じ、腱反射の減弱が生じる(神経根の障害レベルと臨床症状の関係については、以下の表のとおりです)。
根 椎間板 筋 反射 知覚 | C5 C4~C5 三角筋 |
---|---|
上腕二頭筋 上腕二頭筋腱反射 上腕外側腋窩神経 | C6 C5~C6 上腕二頭筋 |
手根伸筋 腕撓骨筋腱反射 前腕外側筋皮神経 | C7 C6~C7 上腕三頭筋 |
手根屈筋 | C8 C7~T1 掌内固有小筋 |
指伸筋 上腕三頭筋腱反射 中指 | |
指屈筋 前腕中央 | T1 T1~T2 掌内固有小筋 上腕内側 |
前腕内側皮神経 | |
上腕内側皮神経 | L4 L3~L4 前脛骨筋 膝蓋腱反射 下腿内側 |
L5 L4~L5 長母趾伸筋 なし (後脛骨筋腱反射) 下腿外側と足背 |
|
S1 L5~S1 長、短腓骨筋 アキレス腱反射 足外側 |
3.末梢神経障害の認定基準
(1)末梢神経障害の等級
後遺障害等級表によると末梢神経障害の基準表現は、以下のとおりです。
ただし、カウザルギー、RSAあるいはCRPSについては、末梢神経障害であっても別に認定されます。
等級 障害の程度
- 12級13号 局部に頑固な神経症状を残すもの
- 14級9号 局部に神経症状を残すもの
現在において、自賠責保険実務では、12級は「障害の存在が医学的(ないしは他覚的)に証明できるもの」であり、14級の場合は「障害の存在が医学的に説明可能なもの」という考え方が採用されています。
医学的(他覚的)に証明できるとは、残存症状の原因が何であるかが他覚的所見に基づいて判断できる状態を指し、他覚所見には画像所見のほか、種々の神経学的検査の結果も含まれます。
(2)神経学的検査等
通常行われる検査としてはX線、CT、MRI、脳血管撮影などの画像診断、脳波検査のほか、末梢神経障害に関して実施される主たる神経学的検査等には、次のものがあります。
ア 頸部神経の誘発テスト
(ア)ジャクソンテスト(Jackson Test)
神経根症を調べるテストであり、頭部を背屈させ、検者前額部を下方へ押さえる。
上肢に放散痛が起これば神経根症を疑います(陽性)。
(イ)スパーリングテスト(Spurling Tests)
神経根症を調べるテストであり、頭部を後屈かつ側方へ屈曲させ、頭頂部に両手で下方に向けて圧迫を加える。
上肢に疼痛・放散痛が起これば神経根症を疑います(陽性)。
(ウ)イートンテスト(Eaton Test)
神経根症を調べるテストであり、検者の片手で頸椎を健側に側屈させ、他方の手で患側上肢を下方に牽引します。
上肢に疼痛・放散痛が起これば神経根症を疑います(陽性)。
イ 胸郭出口症候群の誘発テスト
胸郭出口症候群とは、頚肋、前斜角筋、中斜角筋、鎖骨および第1肋骨、小胸筋などにより腕神経叢が圧迫され、上肢の疼痛、しびれ、重だるさなどを生じる疾患です。
(ア)アドソンテスト(Adoson TestA)
頚部を軽度伸展位で患側へ傾け、深呼吸後に息を止め、橈骨動脈の拍動が消失すれば陽性です。
(イ)ライトテスト(Wright TestW)
上肢を外転して後方へ引き、橈骨動脈の拍動が消失すれば陽性です。
(ウ)モーレイテスト(Morley Test)
鎖骨上部、腕神経叢部を圧迫し、上肢放散痛やしびれが生じれば陽性です。
ウ 腰部神経の誘発テスト
(ア)下肢伸展挙上テスト(SLR;Straigt Leg Raising Test)
坐骨神経の伸展テストであり、仰臥位で、膝関節を伸展させたままで下肢を挙上します。ある角度で臀部から下肢後面に疼痛(腰臀部から大腿後面、時に下腿に及ぶ放散性疼痛)を訴え挙上ができなくなります。70°以下を陽性とし、その際の角度を記載します。
(イ)ラセーグテスト(Lasegue Test)
基本的に下肢伸展拳上テスト(SLR)と同じですが、仰臥位で、股関節と膝関節を共に90°に屈曲させた上で、下腿を少しずつ挙上し、疼痛発現の有無を調べます。
(ウ)ブラガードテスト(Bragard Test)
腰椎神経根の圧迫を調べるテストであり、SLRと同様の肢位で疼痛が誘発された角度から少し拳上を緩め、膝関節前面を押さえていた手をはずして、足底先端に当て足関節の背屈を強要します。そして、坐骨神経に沿う疼痛が誘発されれば陽性です。
(エ)大腿神経伸長テスト(Femoral Nerve Stretch (FNS)Test)
上位腰椎神経根の圧迫を調べるテストであり、腹臥位にし、膝関節を約90°に屈曲して他動的に股関節を伸展させます。大腿神経に沿って大腿前面に放散痛が生じた場合を陽性とし、その場合L2~L4の神経根症を疑います。
エ 反射
(ア) 深部腱反射(Deep Tendon Reflex)
筋の腱部を打腱器で軽く叩打し、筋肉を急激に伸展させ、防御性の収縮反応をみるものである。亢進は中枢神経障害を意味し、減弱・消失は末梢神経障害を意味します。
以下に示すような反射を近位より遠位に向けて調べ、消失(-)or 0、低下(±)、正常(+)、やや亢進(++)、亢進(+++)、著明亢進(++++)と記載します。
反射名 | 支配髄節 | 支配神経 |
---|---|---|
上腕二頭筋反射 | C5~C6 | 筋皮神経 |
腕橈骨筋反射 | C5~C6 | 橈骨神経 |
上腕三頭筋反射 | C6~C8 | 橈骨神経 |
胸筋反射 | C5~T1 | 前胸神経 |
膝蓋腱反射(PTR) | L3~L4 | 大腿神経 |
アキレス腱反射(ATR) | S1~S2 | 脛骨神経 |
(イ)表在反射 (Superficial Reflex)
皮膚または粘膜に刺激を与え、筋肉の反射的収縮を引き起こさせます。腹壁反射、挙睾反射、肛門反射が重要で、反射の消失は中枢神経障害を意味します。
(ウ)病的反射(Pathologic Reflex)
正常では認められず、病的反射が出現すると、末梢神経障害ではなく中枢神経障害を疑います。
これには、上肢では、ホフマン反射(Hot ffmann Reflex)、トレムナー反射(Trommer Reflex)、ワルテンベルク反射(Wartenberg Reflex)、ワルテンベルク徴候(Wartenberg Sigh)、下肢では、バビンスキー反射(徴候)(Babinski Refrex(sigh))、チャドック反射(Chaddock Reflex)、シェーファー反射(Schaffer Re-flexS)などがあります。
オ 徒手筋カテスト(MMT:Manual Muscle Testing)
個々の筋肉で筋力が低下しているかどうかを徒手的に評価する検査法です。筋力は以下の判定基準のとおり6段階で評価します。各段階の中間的な筋力と判断すると5-や4+と表現することもあります。徒手筋力テストは単に筋力を判定するだけでなく、検査する筋の神経支配から、神経障害の高位や程度も把握できますので、筋肉の脊髄神経支配を理解しておくことが大切です(「神経根の障害レベルと臨床症状の関係」参照)。
【筋力の判定基準】
- 5(nomal) 強い抵抗を加えても、重力にうちかって関節を正常可動域いっぱいに動かすことができる筋力がある。
- 4(good) かなりの抵抗を加えても、重力にうちかって正常な関節可動域いっぱいに動かす筋力がある。
- 3(fair) 抵抗を加えなければ、重力にうちかって正常な関節可動域いっぱいに動かすことができる。しかし、抵抗が加わると関節が全く動 かない。
- 2(poor) 重力を除けば正常な関節可動域いっぱいに関節を動かす筋力がある。
- 1(trace) 筋肉の収縮は認められるが、関節運動は全く生じない。
- 0(zero) 筋肉の収縮が全く認められない。
カ その他
(ア)ティネル徴候(Tinel Sigh)
断裂した神経を縫合しなかった場合や再生神経が搬痕などにより遠位への再生を阻害された場合に形成される神経腫を叩打すると、その神経の感覚支配領域に放散痛やしびれ感を生じ、また、断裂した神経に神経縫合を行うと軸索が遠位に向けて再生し、修復した神経を遠位から近位に向けて軽く叩いていくと、その神経の支配領域に放散痛やしびれ感を生じる部位があり、これをティネル徴候といい、再生軸索の先端を示しています。
その部位は末梢側に移動するため神経回復の状況を知る目安となります。
(イ)フロマン徴候(Froment Sigh)
尺骨神経麻痺で認められる徴候であり、拇指内転筋の脱力を表します。拇指と示指に紙を挟ませ、検者の方向へ引くと、健常な例では、拇指はその指腹全体を紙に密着させ、拇指のIP関節は伸びますが、麻痺した側は、拇指のIP関節を大きく屈曲させ、指先の先端部分しか紙と密着しません。
(ウ)クローヌス(clonusc)
筋腹を急激に他動伸展させると、律動的な筋肉の収縮が連続して生じます。中枢神経障害により、膝クローヌスと足クローヌスがあります。
(エ)筋電図検査(EMG:Electromiyography)
筋細胞の電位の変化を測定することで被検査筋の麻痺の有無や程度、さらに麻痺の原因が筋原性か神経原性かを判断することができます。
表面筋電図は、筋の広い範囲の活動が導出されるため、筋全体の収縮や活動状態を知るのに適し、中枢神経障害による不随意運動や筋緊張異常の検索、筋神経刺激による誘発筋電図(M波、H波、F波)、運動神経伝導速度の測定などに用いられます。
針筋電図は、針電極を目的とする筋内に刺入し筋収縮に際して働く運動単位や筋線維の活動を導出記録するもので、活動電位の波形の特徴から神経筋疾患における神経原性変化や筋原性変化の特定にも有用とされています。
(オ)神経伝導速度検査(NCVtest:Nerve Conduction Velocity test)
末梢神経を電気刺激し、その支配筋の収縮により生じる誘発電位(M波)を記録します。異なる2つの高位で神経を刺激した後にM波が出現するまでの時間の差で、刺激部位間の距離を割ることで運動神経伝導速度が得られます。神経が障害された場合は、この速度が低下します。
4.むち打ち損傷
(1)概要
交通事故に伴う末梢神経障害に関しては、むち打ち損傷による後遺症の評価において争点となることが多いといえます。
このいわゆる「むち打ち損傷」については、外傷性頸部症候群、外傷性頭頸部症候群、頸椎捻挫、外傷性頸椎捻挫、頸部挫傷、むち打ち損傷、むち打ち関連障害、むち打ち症候群などの傷病名・診断名が付けられますが、ほぼ同じ病態を指しています。近時は、外傷性頸部症候群の用語を用いることが多いですが、その定義については、定まっておりません。
受傷機序は、主に追突事故により頚椎が過度に伸展し、次いで反動で屈曲して生じますが、ほとんどのむち打ち損傷は、後遺障害を残さずに治癒するといわれており、軽傷例では1か月以内、重傷例でも3か月以内に症状が軽快し、1年以内に殆ど症状が消失するとされています。他方、事故により受傷した後に、椎間板損傷、神経根症状、バレ・リュー症状、脊髄症状が出現した場合には、その症状が後遺する可能性があるといわれています。
(2)症状
頚部痛や不快感、頚椎の可動域制限以外にも、上腕から手指の痛みやしびれ、脱力などの頚肩腕症状や、頭痛、めまい、耳鳴り、耳閉感、動悸、吐き気、顔面の紅潮、全身の倦怠感、集中困難などのバレ・リュー症候群とよばれる他覚所見に乏しい愁訴が出現する場合もあります。受傷翌日となって症状が出現する場合もあり、症状が遷延化することもあります。
このような多彩な症状が生じる原因については、解明されてはおらず、科学的根拠に基づく診断指針も確立していないといわれています。
(3)後遺障害
むち打ち損傷の分類に関する分類では、むち打ち損傷を、①頸椎捻挫型、②根症状型、③バレ・リュー症状型、④神経根、バレ・リュー症状混合型、⑤脊髄症状型に分類しています。このうち末梢神経障害としては①~④が問題となり、そのうち後遺障害等級が問題となるのは②~④です。
①頸椎捻挫型とは、「頸部、項部筋線維の過度の伸長ないし部分的断裂から、前後縦靱帯、椎間関節包、椎弓間靱帯、棘間靱帯などの過度の伸長、断裂などまでを含む段階のもの」です。
②根症状型とは、「頸神経の神経根の症状が明らかなもの」です。神経根への刺激や圧迫によって、頸部筋、項部筋、肩押部筋などへの圧痛、頸椎運動制限、運動痛、末梢神経分布に一致した知覚症状、放散痛、反射異常、筋力低下などがみられます。これらの症状の発生原因が他覚所見によって認められれば等級認定がなされる可能性があります。
③バレ・リュー症状型は、臨床的に不確定症状を呈するものとされ、「椎骨神経(頸部交感神経)の刺激状態によって生じ、頭痛、めまい、耳鳴、視障害、嗄声、首の違和感、摩擦音、易疲労感、血圧低下などの自覚症状を主体とするもの」とされています。
5.認定のポイントと裁判実務
(1)末梢神経障害の評価
末梢神経障害の評価においては、他覚所見が重要です。
神経損傷等を証明できる場合はもちろん、それに至らない場合について、画像から神経圧迫の存在が確認され、かつ、圧迫されている神経の支配領域に知覚障害などの神経学的異常所見があれば12級として評価可能といえます。
しかし、画像所見はあるものの、神経学的異常がない場合や整合しない場合、他の検査所見等から神経障害の存在を確認できないときは、不整合とみて非該当となるか、画像の異常は何らかの形で症状を発生させる要因があることを推測させるとして合理的な説明が可能だと評価して14級と評価されやすくなります。
なお、画像上の異常もなく、神経学的な異常所見さえないのであれば、非該当判断に傾きやすくなります。
(2)既往疾患との関係
被害者の既往疾患として頸椎椎間板・腰椎椎間板ヘルニア、胸郭出口症候群、手根管症候群、後縦靭帯骨化症(OPLL)、脊柱管狭窄症などが存在している場合には、症状の事故起因性が争われることが多いです。
もっとも、事故以前にはそれらの既往疾患による症状はなく、事故により神経症状が出現したと認められる場合には後遺障害が認定されます。これらについては画像所見が得られていることが多く12級の認定がされやすいですが、既往症の存在を理由に素因減額がなされることも多いといえます。
他方、既往の内容が、椎間板の膨隆、骨棘形成など、疾患に至らない経年性変化によるものであった場合には、それが外傷性でないという理由で直ちに後遺障害等級が認められないことにはなりませんが、それ自体では症状の存在を他覚的に証明するまでに至らず、等級が認められても14級に止まることが多いといえます。
(3)骨折等部位の周辺の症状として認定
現行の等級認定基準の方式では、労働に相当程度差し支えることが確かであっても、可動域制限が基準に達しないために、等級非該当評価がなされることがあります。
しかし、骨折部位に疼痛を残した場合や、関節機能障害に至らずとも関節部位の神経障害で評価できる場合には障害評価につながりやすく、このような場合、12級の頑固な神経症状あるいは14級程度の神経症状として等級が認定されることがあります。
もっとも、労働に影響する神経症状の存在が肯定される必要がありますので、少なくとも神経症状が発生していてもおかしくないという状況がなければならないし、12級に認定されるには神経症状が発生していると判断できる程度の裏付けとなる所見の存在が必要となります。
関節内の骨折が発生しその後の形状の修復がうまくいっていない場合などでは、12級認定される可能性が出てくることになりますが、逆に、骨折の程度がそれほどでなく治療終了時点で骨折部位の癒合・整復がうまくいっている場合などはそれほどの障害が発生するとは考えられないとして、低位等級あるいは非該当認定されやすくなるといえます。
以上とは異なり、神経症状によって関節可動域制限が生じたとしても、関節可動域制限を生じ得る器質的損傷が認められなければ、関節可動域制限による後遺障害等級はなされません。
(4)軽度の神経症状と労働能力喪失期間
ア むちうち症の労働能力喪失期間
逸失利益とは、後遺障害が残存してしまったために将来得られなくなった収入のことをいいます。後遺障害はそれ以上治療を継続しても治療効果が認められなくなった症状固定の時を基準に判断するため、逸失利益が認められる期間(労働能力喪失期間)は、症状固定時から稼働可能期間の終期年齢までの全期間となることが原則になります。
しかし、むちうち症(外傷性頸部症候群)の場合には一般的に労働能力喪失期間が制限され、12級で10年程度、14級で5年程度に制限する例が多くみられます。これは、むちうち症などの神経障害は、この程度の時が経過すれば治癒していくことが医学的に一般的な知見であることに基づいています。
むちうち症は労働能力喪失期間のみならず、傷害慰謝料でも他の傷害と別に扱われています。すなわち、「赤い本」では、傷害慰謝料の算定として、原則としては入通院慰謝料別表Iを使用しますが、むちうち症で他覚症状がない場合は入通院慰謝料別表Ⅱを使用します。この別表Ⅱの慰謝料は別表Ⅰの6割から7割程度になっています。
イ むちうち症以外の原因による軽度の神経症状と労働能力喪失期間
むちうち症以外の原因による神経症状で、後遺障害等級12級または14級に該当する場合も労働能力喪失期間を制限する裁判例が多くみられます。これらの判例では相当程度の期間が経過すれば症状が改善して治ゆしてくることや、実際に症状が改善してきたことなどがその理由に挙げられています。
ただし、「器質的な損傷があり、これに基づいて神経症状が発症する場合については、安易に喪失期間を限定すべきではない」という河邊義典裁判官の意見もあり、むちうち症のように実務上の取扱いの目安が決められているものではありません。
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